私がH18年に団長になって色々と支持者の方々の応えるために仕掛けたことがある。それは党の機関紙公明新聞への掲載である。全国で3000人を超える公明党の議員が居る中で、その行動が公明新聞に掲載されることは支持者の方々に励みになることは確かで2から3回公明新聞に掲載依頼をしたことがある。しかし、子宮頚がんの予防ワクチンが党として取り組むことになってから記者から取材依頼があり、その結果それ以外の記事でも1年3ヶ月で50回を超える掲載をしてもらうことができた。昨年も30回を超える掲載があったが全て新聞社からの取材依頼であった。私自身新人議員が支持者の方々のために応える一番手っ取り早い手段が新聞への掲載と思い、実績を作るための話題を10個以上持ち合わせて提供することを心掛けて、その情報を新人議員に提供して、それを見事にと磨き成果を出した。それが今日もそうであったが取材依頼があり、応えることにした。
そのような記事の掲載に対して全国の議員から連絡がありコミュニケーションを広げることがあり、中には平塚まで来て頂き直接意見交換をしたこともあった。県内の議員との交流はもちろ、それ以上に全国の議員との交流は欲しい情報を視察に行かなくても入手できて、その結果が出るまでの経過を知ることにかちがあると思う。
午後から新庁舎特別員会が開催されたが厳しい言い方になるが、もっと核心に迫る論議ができなかったのかと思った。様々な段階を経て今日の特別委員会になったのだから時計を戻すような会話は如何なものかと思った。途中から傍聴議員が居なくなったのも頷ける。
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